暑い季節は、とにかく涼しさを求めて日陰にはいったり、空調のきいた部屋で過ごしたり。
八月の上旬に暦では秋になるけれど、残暑はまだしばらく続きそう。
冷たい甘味を口にするのも、いい暑気払いだ。
口当たりのいい白玉を浮かべた冷やし汁粉は格別の味わい。
そして、柔らかな杏仁豆腐にミントの葉を添えたものも清涼感を呼ぶ。
八月の下旬に、着物を着て出かけたときのこと。
厳しい日差しが容赦なく照りつけて、いくら夏物の風を通す着物とはいえ、帯のあたりには暑さがこもる。
日傘をさしても下からの照り返しは遮ることができず、汗をしぼって炒り豆状態。
這々の体で目的地に着き、室内の涼気にホッとした。
とはいえ火照った体はしばらく冷めず、顔は茹でダコ。
控えめに扇子を使ってもとても間に合わない。
これでは先方とまともに会話もできない、困ったどうしよう、と思っていたら。
通された部屋にスイと現れたのが、お目にかかる約束をしていたご当主。
暑い中を出かけてきたことをねぎらう穏やかな言葉と、大きなグラスにはいった冷たいお茶が、なによりうれしかった。
「しばらく涼んでいただいて」
とまた一人にしてもらい、この間に私は噴きだしていた汗をぬぐい、冷たいお茶を一気に飲み、気持ちを少しずつ落ち着かせることができた。
ほど良いタイミングでご当主は部屋に戻り、一息つけた私も無理なく落ち着いて会話が進んでいった。
こんなにさりげなく心遣いをできるご当主に、なにより敬服、そして感謝。
必要な話が一段落したところでもてなされたのが、白玉のはいった冷やし汁粉だった。
甘さと冷たさが沁みわたり。
訪問を終えて玄関を出ると、門口には打ち水がしてあった。
懐かしき、打ち水の匂い。
日向くさいような、埃くさいような、しっとりした水の匂いだ。
西陽に風がわたって「新涼」の言葉が浮かんだ。
かすかにかすかに、秋の気配が漂っていた。
絵・文 : 平野恵理子
1961年、静岡県生まれ、横浜育ち。イラストレーター、エッセイスト。
山歩きや旅、暮らしについてのイラストとエッセイの作品を多数発表。