十月になると、山の上の方から木々の葉が色づいてきて、その色が順に山裾へ降りてくる。
赤や黄、橙に染まった様々な形の葉を手にとって、自然が織りなす色の妙にしばし見とれる。
拾った落ち葉を大事に持って帰って、紙の間に挟んで押し葉を作る。
去年おととし、さんざん作った押し葉があるのに、でもやっぱりこの秋も拾って帰らないと気がすまぬ。
一時期、リトグラフやエッチングなどの版画作品を制作していた。
版画工房に通って、刷り師さんと一緒に作業をするのは楽しかった。
版画の世界では名の通った技術を持つ一方、ダジャレが止め処なく出てくる楽しい刷り師さんで、工房にいる間じゅう笑いっぱなし。
版画制作は細かな作業も多いので、こちらとしては笑っている場合ではない。
「笑わせないで~」と笑いに身をよじりながら必死で手の震えを止めていた。
この秋、版画展のために何年ぶりかで版画を刷ってもらうことになった。
久し振りに工房を訪ねると、銅板を腐食する薬品やインクの匂いも懐かしく。
やっぱりいいなあ、版画工房。
箱にいっぱい溜めていた押し葉をモチーフに原図を作った。
これで、ただ溜まるいっぽうだった押し葉もようやく役割を得たというもの。
葉っぱの原図を見て刷り師さん、「木の葉だけじゃなく、木の実は描かないの?」。
週末に近所の公園で、トチの実を拾ったんだ、と立派なトチの実を見せてくれた。
ああ、これもモチーフにいいなあ、と手に取って見ながら「トチ餅にしたりしますよねえ」などと話していると、刷り師さんが「トチの実は持ってた方がいいって言うよ」。「どうしてですか?」「土地持ち」。
都内にある工房の窓の外でも、そろそろ木の葉が色づいてきている。
絵・文 : 平野恵理子
1961年、静岡県生まれ、横浜育ち。イラストレーター、エッセイスト。
山歩きや旅、暮らしについてのイラストとエッセイの作品を多数発表。