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株式会社 大香

Essay03 コーヒーの香りが作る「自由な場所」

Essay03 コーヒーの香りが作る「自由な場所」

松島大介 Daisuke Matsushima

PADDLERS COFFEE 代表

 15歳から21歳までをアメリカ・オレゴン州のポートランドという街で過ごした。
家の近所に一軒のコーヒーショップがあって、スケートに明け暮れていた当時、仲間との待ち合わせや雨宿り、
ちょっと一息つきたいときなど、なにかと通っていた。
当時の僕は、特別コーヒーの味を意識していたわけではなかったのだけれど、
じつはすごくこだわりを持ったお店だったということを帰国してはじめて知った。
 そこには、幼い子どもからお爺ちゃんお婆ちゃんまで、世代や国籍問わずさまざまな人が毎日のように出入りしていた。
「やあ元気?」「調子どう?」。
みんなに挨拶をして、自然と会話が生まれる。そんなムードがあった。
そもそも、ポートランドに住む人たちは誰に対してもフラットで、街全体にゆったりと心地よい空気が流れていた。
とにかくみんな、マイペースなのだ。
 帰国後、震災をきっかけにさまざまな環境やバックグラウンドを持つ人たちが、
自由に気兼ねなく集まれる場所を作りたいという気持ちが芽生えた。
そのとき、真っ先に思い浮かべたのがポートランドで通ったあのお店のこと。
東京はいろいろなことがとても早いペースで進んでいる街だけれど、
その忙しい一日の中に少しでもホッとできる時間や空間があればいい。
気軽に立ち寄れて、行けばいろいろな人に出会える場所。
そんな空間に、コーヒーというものはすごくいいと思ったのだ。
こうして僕は珈琲屋になることを決めた。

 コーヒーの香りは、なぜだか心を落ち着かせてくれる。
コーヒーそのものは飲めないけれど、香りは好きって人もいるほど。
コーヒーの香りには、そんな力があるのだと思う。
匂いは五感のひとつで、好き嫌い、心地いいかどうかが直接的に心に作用するものだ。
それに、誰かを思い浮かべたり、想ったり。ある香りが記憶と結びつくことだってある。
日々の中にいい香りがあるだけで、その日その時間が心地よいものになったりする。
いい香りは、心を豊かにしてくれるとても大切なものだ。
 コーヒーの香りが満ちたお店に人が集まって、思い思いの時間を過ごす。
ひとり考えごとをしてもいいし、友人との会話を楽しんでもいい。
「PADDLERS COFFEE」はそんな自由な場所でありたい。
「いらっしゃいませ」じゃなくて、「おはようございます」「こんにちは」。
僕は、コーヒーそのものも好きだけれど、コーヒーとその香りが作る心地よいムードに魅せられているのだと思う。

文 : 松島大介(まつしま・だいすけ)/ 2013年、ポートランドを代表するコーヒーロースター
「STUMPTOWN COFFEE ROASTERS」の日本唯一の正規取扱店として「PADDLERS COFFEE(パドラーズコーヒー)」を共同代表の加藤健宏氏とともに設立。2015年より渋谷区西原に旗艦店を構える。